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千葉地方裁判所 平成4年(わ)232号 判決

本籍

千葉県船橋市海神五丁目五二四番地

住居

同市海神三丁目二三番二三号

金融業

高関昭二

昭和一一年二月一一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官奥村雅弘出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役三年及び罰金三億円に処する。

未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、金融業等を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、不動産取引による売買益及び金融業による利息収入を除外する等の方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和六二年分の実際総所得額が二億六〇三五万八〇八一円、分離課税による雑所得額が七億八二〇三万四六〇四円、分離課税による長期譲渡所得額が二億三二一三万三四五九円であった(別表1修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和六三年三月一四日、千葉県船橋市東船橋五丁目七番七号所在の所轄船橋税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得額が四八二〇万八四七三円、分離課税による短期譲渡所得額が七九九万二六四二円、分離課税による長期譲渡所得額が五二六二万一九〇〇円で、これらに対する所得税額が合計二〇四二万八四〇〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額七億一三〇〇万六九〇〇円と右申告税額との差額六億九二五七万八五〇〇円(別表3脱税額計算書参照)を免れ、

第二  昭和六三年分の実際総所得額が四億三七一〇万七六六三円、分離課税による雑所得額が五億四一八一万三四四一円であった(別表2修正損益計算書参照)のにかかわらず、平成元年三月一三日、前記船橋税務署において、同税務署長に対し、同六三年分の総所得額が四六六九万八五一〇円、分離課税による短期譲渡所得額が一二二八万五八〇八円で、これらに対する所得税額が合計一一三六万九〇〇〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額六億二八〇四万九九〇〇円と右申告税額との差額六億一六六八万〇九〇〇円(別表4脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

括弧内の数字は検察官の請求番号を示す。

判示事実全部について

一  第四、五回公判調書中の被告人の各供述部分

一  被告人の検察官に対する各供述調書(乙1、6、10)

一  被告人の大蔵事務官に対する各質問てん末書(乙56、60、62)

一  証人高松謙悟の当公判廷における供述

一  杉山恵俊(甲4)、中野哲夫(甲12、13)、浮谷範義(甲15)、古谷勇(甲16、74、75)、田久保一真(甲17)、内田芳和(甲18)、川下博(甲19、81)、横田巧(甲20ないし24)、小川三郎(甲26)、桑田孝一(甲27)及び伊藤彪(甲28、71)の検察官に対する各供述調書

一  検察事務官作成の電話聴取書(甲115)及び捜索差押調書(甲180)

一  大蔵事務官作成の各検査てん末書(甲123、124)及び各領置てん末書(甲175、192)

一  押収してある振出人額面金額等記載のメモ四枚(平成六年押第一二二号の3)、手帳一冊(同押号の5)及びメモ三枚(同押号の13)

判示第一の事実について

一  被告人の検察官に対する各供述調書(乙3ないし5、8、9、11、12)

一  被告人の大蔵事務官に対する各質問てん末書(乙41ないし52、55、61)

一  被告人作成の各申述書(乙63ないし66)及び上申書(乙67)

一  第二回公判調書中の証人浮谷範義の供述部分

一  浮谷範義(甲1ないし3、33)、川下博(甲5)、横田巧(甲6)、阿部勝(甲7、8)、間野実(甲9)、永橋良夫(甲10)、柳澤秀夫(甲11)及び井上菊雄(甲34)の検察官に対する各供述調書

一  検察事務官作成の各捜査報告書(甲31、32)

一  大蔵事務官作成の各調査書(甲36ないし43、45ないし50)、各査察官報告書(甲44、51ないし56)及び脱税額計算書(甲57)

一  押収してある普通預金通帳(写)、振込金受取書(写)各一枚、メモ二枚(平成六年押第一二二号の1)、手帳一冊(同押号の2)及び約束手形一六枚(同押号の4)

判示第二の事実について

一  被告人の検察官に対する各供述調書(乙14ないし19、21ないし36)

一  被告人の大蔵事務官に対する各質問てん末書(乙68、69、71ないし80)

一  被告人作成の各申述書(乙82ないし85)

一  伊藤彪(甲58)、浮谷範義(甲59、82)、古谷勇(甲60、61)、高関康範(甲62、84、88、113)、柳澤秀夫(甲63)、中村照(甲64)、林哲夫(甲65)、西宮重臣(甲66)、金徳順(甲67)、岡村龍男(甲68)、小澤徳子(甲69)、高関幸子(甲72)、中野哲夫(甲73)、田久保一真(甲78)、桑田孝一(甲80)及び杉山恵俊(甲83)の検察官に対する各供述調書

一  検察事務官作成の捜査報告書(甲87)

一  大蔵事務官作成の査察官報告書(甲70)、各調査書(甲89ないし104)、脱税額計算書説明資料(甲105)、脱税額計算書(甲106)及び領置てん末書(甲178)

(序-本件訴訟の手続の概要等-)

本件訴訟は一部特異と思われる経緯をたどっているので、まずその経緯を概括的に述べておく。

第一回公判期日において、被告人、弁護人はいずれも公訴事実をすべて認め、検察官請求証拠(甲、乙)をすべて同意したため、裁判所は、これをすべて取り調べた。そして、被告人は保釈となった後、弁護人を解任し、新しい弁護人を選任した。第二回公判期日において、平成四年六月一一付「上申書」(以下「上申書(第一)」という。)をもって、不動産に係る所得の公訴事実の一部を否認し、その中で、被告人は、調査官の「協力すれば、逮捕しない。」などの言により調査官に協力して虚偽の供述をし、逮捕後は早く出たい一心から虚偽の供述をしたとして、捜査段階での供述調書の証明力を争うに至った。

第四回、第五回公判期日において、それぞれ不動産関係、貸金関係についての被告人質問を行い、その際被告人は、平成四年一〇月八日付「上申書(第二)」を提出し、貸金に係る所得の相当部分をも否認することを明らかにした。

その後、被告人、弁護人は、第九回公判期日において、平成五年七月一三日付「上申書(第三)」(不動産関係)、「上申書(第四)」(貸金関係)を提出し、従前の主張をそれぞれ変更し、更に平成五年一〇月二九日付「上申書(第四)訂正申立書」を提出し、第二二回、第二四回公判期日において再度被告人質問した。

そして第二六回公判期日において論告、第二七回公判期日において弁論(上申書と異なった弁論がある旨の付記のついた部分がある。)が行われて、結審するに至った。

この間、裁判所は、被告人、弁護人の右の主張に配慮しながら証拠調べを続け、弁護人請求の証人廷三六人を調べ、更に双方申請の担当査察官(高松謙悟)の証人尋問をし、査察調査と脱税額確定の経緯についての証言を求めた。同時に、従前(第一回公判期日)取調済の証拠に加えて、調査の基礎となった原資料である証拠物、検査てん末書、更に被告人、関係者作成の上申書、大蔵事務官に対する質問てん末書の証拠請求を検察官に促し、弁護人の意見に基づき取り調べた。

以上が本件手続の概要である。

本件事件の特徴は、所得の原因となる行為が多く(ことに貸金に関するものはそうである。)、適切な証拠物が不足がちであるため、相当の部分が証拠物等によって関係者の記憶の喚起を求め、そして喚起された記憶に基づく供述により事実の認定をしなければならないことである。被告人、弁護人の本件訴訟における立証の特徴は、新しい証拠方法に基づくものではなく、調査段階で調査の対象となっている証人が調査、捜査段階の供述と異なる供述をすればそれが立証の根拠になっていることである。しかも、右証人の大半が被告人の雇人や取引仲間等の関係者であることも特徴の一つである。

また、被告人、弁護人の主張は当初から変遷が目立つ。どれが本当の主張か把握するのに困難を感ずる部分もある。以下においてできるだけ主張に即し、客観的証拠(証拠物)に注意しながら、簡単であってもできるだけ多くの主張に判断を加えることとする。

(不動産取引関係)

第一被告人等の捜査段階における供述の信用性

一  被告人は、捜査段階において、昭和六二年分については有限会社興亜産業(以下「興亜産業」という。)及び正和建設株式会社(以下「正和建設」という。)を、昭和六三年分については古谷勇及び株式会社トーエーリアルエステート(以下「トーエーリアルエステート」という。)をそれぞれ名目上の売買当事者であるいわゆるダミー(以下単に「ダミー」という。)として不動産取引に介在させるなどの方法により不動産取引による売買益を秘匿したことを全面的に認め、これらの点について詳細な検察官調書等も作成されているところ、被告人は、その後右興亜産業等が被告人のダミーであることを否定するに至り、右のように捜査段階においてこれを認める旨の供述調書が作成された理由について、調査担当査察官であった木村や守屋から正和建設及び興亜産業にダミーの謝礼として支払われたものを経費として認めると言われたので、その代わりに、ダミーという語の意味がよくわからないままこれを認めたものであって、信用性がない旨主張する。そして弁論において、これらを介した各取引は被告人を含む複数人のグループが行った取引で、利益は右グループに属する者に分配されたとも主張している。

しかし、弁護人主張のうち、被告人が興亜産業と正和建設への支払額をそれぞれ経費として認めてもらうのと引換えにダミー性を認める内容の調書の作成に協力したとの点は、まずその主張が、調書の証明力を争うことを最初に明らかにした上申書(第一)や続いて行われた右の点に関する被告人質問(第四回、第五回公判期日)において何ら言及されることがなかったし、もともと被告人は右両会社のダミー性については全く争っていなかったのに、突然、証拠調べが最終段階に至った第二二回公判期日において初めて供述し、弁論で主張されるに至ったものであって、その経緯に不自然さがある。また、右支払金については、当初からダミーの謝礼金として支払われたものである旨の供述調書の記載があり、そうした記載のある調書を作成しながら、査察官が経費として認めるなどと被告人に述べたとすることは、いかにも常識に反し、不自然である。加えて、被告人は、検察官調書(乙5)において、昭和六二年分の各不動産取引に要した費用について、大蔵事務官作成の取得費・売却費の各明細表の提示を受けての質問に対して、右各明細表には右支払額が費用として計上されていないにもかかわらず、それ以外の費用はない旨はっきり述べているのである。被告人は、これらの支払が費用にならないことを承知していたというべきである。以上の点からみると、経費として認められるのと引換えに興亜産業、正和建設の昭和六二年分の各取引におけるダミー性を認める内容の調書の作成に協力したとの主張は理由がない。

また、興亜産業、正和建設を介在させた取引はいずれも被告人を含む複数人のグループが行った取引であり、利益は右グループに帰属する者に分配されたとの弁論における主張は、前記の主張、供述と同様、全く突然に従来の供述に反しなされた被告人の供述に基づくものであって、時間が経過することによって記憶が喚起されたような類のものではなく、この段階に至って供述されたことが理解困難であり、それが事実に反することは後述で認定するとおりである。

二  また、被告人は、平成三年一一月二六日に逮捕されて以後の取調べで作成された調書は同年一二月八日の息子の結婚式に出たかったため、あるいは右結婚式が過ぎた後も、クリスマスや正月を家で過ごし、また、少しでも早く出たかったために内容虚偽の供述調書作成に協力したもので、信用性がない旨主張し、さらに、関係者らの供述も被告人に合わせていただけであって、同様に信用性がない旨主張している。

しかし、逮捕前の被告人の供述調書を対比しても、逮捕後から右結婚式の日とされる一二月八日を経過し、最終の取調べがなされた平成四年二月二八日に至るまでの被告人の供述の経緯、内容は全体として統一性を有しており、また、被告人は一貫して本件各犯行を逐次認めるに至る供述をしており、そこには結婚式や正月等が被告人の供述に影響を与えたと窺わせるようなものは何もない。

結局、被告人が主張するような、早く釈放されたいためにあえて虚偽の供述をしたという事情は何ら認められない。

三  被告人は、平成元年一〇月初旬ころ、高松査察官らから捜査に協力することを依頼され、捜査に協力すれば逮捕されることはないし、昭和六三年分は調査対象にしないと言われたので、昭和六二年分各不動産取引における被告人の関与を認め利益金を自分に集中させたとし、それ故被告人の供述調書の内容は信用性がない旨主張する。

しかし、高松査察官は、同人らが調査に当たって被告人に対して右のようなことを述べたことは全くないと証言しており、証拠によれば、平成元年一〇月当時昭和六三年分に関する調査は全く行われていないことはもちろん、嫌疑もなかったことが認められる上、もともと国税査察官には被告人を逮捕する権限はないのであるから、国税査察官がそのようなことを言うのは不自然であることを考えると、高松証言は信用できる。なお、平成元年一〇月ころには被告人は大蔵事務官に対して興亜産業、正和建設が被告人のダミーであることを既に認めているのであるから、この点からも被告人の主張は不可解である(もともと昭和六三年分の査察調査は平成三年一二月一九日に着手されており(もっとも、同月六日ころから検察庁において昭和六三年分の取引について被告人及び関係者の取調べをしているが、いずれも断片的なものである。)、昭和六二年分の取調べの後半に被告人が昭和六三年分にも不正の事実があることを検察官に供述したため、検察官から同年分の調査の指示があり、国税局が同年分についての嫌疑を持ち、査察を開始したものであることが認められる。)。

以上のとおりであるから、高松査察官らが調査に当たって被告人の述べるような言を弄して一種の利益誘導をし、不動産取引に関して内容虚偽の供述調書の作成に協力させたという事実は認められず、この点に関する弁護人の主張は理由がない。

四  また右捜査段階における被告人の検察官調書等を通観すると、右調書等は、契約書、領収書、普通預金元帳、総勘定元帳等の物証を一つ一つ示して被告人に説明させ、記憶を確認させながら録取されたものであり、資金の捻出方法から金銭の使途等に至るまで極めて具体的かつ詳細な内容となっており、ことさらに虚偽の内容を述べたとか、思いつきで適当につじつまを合わせたというような状況は窺われない。

五  以上検討したとおり、被告人の捜査段階における供述には信用性が認められる。なお、関係者の捜査段階における供述についても、特に信用性を疑わせるような事情はない。

第二  昭和六二年分不動産取引における興亜産業、正和建設のダミー性

被告人は、昭和六二年分不動産取引における市川市南八幡四丁目一九三番一〇ないし一二、一五号(興亜産業関係)、船橋市西船二丁目五二二番一、二、四、五号、市川市大和田四丁目一四二二番一、三七、三八号(正和建設関係)の各物件(以下、順次「昭和六二年南八幡四丁目物件」、「西船物件」、「大和田物件」という。)の各取引に関して、興亜産業と正和建設はダミーではなく、被告人は取引に関与しておらず、利益を取得していない旨主張し、横田巧、阿部勝ら関係者も公判廷において概ね被告人主張に沿う供述をしている。

しかし、前掲各証拠によれば、興亜産業の横田、正和建設の阿部は、上記各取引において、いずれも契約交渉などに関与していないにもかかわらず、契約書上売買の当事者となることを被告人に指示・依頼されていること、当時、興亜産業、正和建設はいずれも資力に乏しく現実に物件の取得代金を負担していないこと、買主から支払われた売却代金の管理・処分権は実質的に被告人にあり、被告人が自由に使用していること、また、特に昭和六二年南八幡四丁目物件の取引は興亜産業が被告人から物件を購入し被告人が実質的に支配する株式会社地域住建(以下「地域住建」という。)に売却するという極めて不自然な取引であることなどの事実が認められる。

被告人は、昭和六二年分右各取引については、上申書第一では売却費の存在あるいはその増大の主張をしたにとどまり、また第四回公判における供述においても、査察官に対して右売買の内容について全部本当のことを言っていた旨述べており、興亜産業や正和建設の右各取引におけるダミー性を認める供述調書の実質を是認する供述をしていたにもかかわらず、その後の被告人質問や弁論においてはこれを否定して、被告人を含む複数人のグループによる共同事業である旨主張するに至っている。ところで、浮谷範義は、第二回公判において、興亜産業や正和建設の右各取引が実際には被告人の取引であることをはっきりと認めており、同人が昭和六二年当時地域住建の従業員であったことにかんがみると、被告人に不利な内容を述べた右供述は信用性が高いというべきである。またダミーという表現は捜査段階当初から被告人の各大蔵事務官調書や各検察官調書の中で繰り返し何度も使用されており、そこには真実の売買当事者以外の第三者を形式的に売買当事者として取引に介在させその者に利益が発生したように見せかけて所得を秘匿するという前記ダミー取引の意味内容がはっきりと述べられており、その供述内容に不自然あるいは不合理な点はなく、被告人がダミー取引の意味内容をよく理解していなかったというような事情は窺われない。

以上認定の事実を前提にすれば、興亜産業及び正和建設のダミー性を否定する被告人及び各関係者供述は信用することができず、興亜産業及び正和建設は上記各取引において被告人のダミーとしての役割を果たしたに過ぎず、それらに外形上発生した利益は実質的に被告人に帰属するものであると認定できる。

第三昭和六二年分不動産取引における経費

被告人は、昭和六二年分の各不動産取引に関して関係者らに支払った金があり、これらは必要経費であるから被告人の所得から除かれるべきであると主張するので、以下被告人の各主張額について、必要経費にあたるか否かを検討する。

一  昭和六二年南八幡四丁目物件に関して興亜産業の横田巧に対して支払った一億円は正当な立退料である旨の主張について

被告人(乙3)及び横田(甲6)の各検察官調書によれば、昭和六二年五月ころ被告人から横田に支払われた一億円は、興亜産業がダミーとして被告人の脱税工作に協力したことに対する謝礼金であったことが認められる。

上記のようなダミーを取引に介在させて所得を隠匿し、被告人に対する課税をほ脱しようとすることは、違法な脱税工作であるところ、右一億円は右脱税工作に協力したことに対する対価として支払われたものであり、違法に所得税を免れるためのいわゆる脱税経費(以下単に「脱税経費」という。)にあたるというべきであるから、このような支出は必要経費にあたらないことは明らかである。

二  昭和六二年南八幡四丁目物件に関して、株式会社椿産業(以下「椿産業」という。)の川下博に五〇〇〇万円、浮谷範義に三〇〇〇万円、真鍋佳朗に二〇〇〇万円をそれぞれ支払った旨の主張について

右物件の売買代金の使途については被告人の検察官調書で詳細に述べられているが、上記主張額を支出した旨の供述はないし、浮谷、川下の供述調書でもそれらの金銭授受の事実について触れられておらず、いずれも支払の事実を認めることはできない。もっとも被告人及び関係者は、当公判廷において概ね右主張にそう供述をしているが、これらの金銭の授受はいずれも支払を認めるに足る的確な物証がなく、査察官による銀行調査等によっても支払の事実は認められないとされている(高松証言)上、右各供述の経緯、内容に照らし信用できない。

三  正和建設の阿部勝に対して、西船二丁目物件に関し、四〇〇〇万円、大和田四丁目物件に関し、四四〇〇万円を支払った旨の主張について

被告人(乙4)、浮谷(甲1)、阿部(甲7)の各検察官調書、浮谷が昭和六二年当時被告人からの指示内容等をメモしていた手帳(甲173)によれば、被告人は阿部に西船二丁目物件に関し二五〇〇万円、大和田四丁目物件に関し三〇〇〇万円を支払ったことが認められる(それ以上の金額の支払は認められない。)ところ、右はダミーの謝礼金という性格を持っていたことは明らかであるから、右金員は脱税経費であって、必要経費にはあたらない。もっとも、阿部はいずれも共同に仕事をした利益の分配金であるが如き供述をしているが、正和建設のダミーとしての役割に照らし信用できない。

四  大和田四丁目物件に関して、浮谷範義に対して五〇〇〇万円、真鍋佳朗に対して二〇〇〇万円を支払った旨の主張について

右物件の売買代金の使途につき、被告人の検察官調書で詳細に述べられているが、上記主張額を支出した旨の供述はなく、浮谷の調書にもその旨の供述がなく、いずれも支払の事実を認定することができない。もっとも被告人及び関係者は当公判廷において概ね右主張にそう供述をしているが、これらの金銭の授受はいずれも支払を認めるに足る的確な物証がなく、査察官による調査によっても支払の事実は認められないとされている(高松証言)上、右各供述の経緯、内容に照らし信用できない。

第四昭和六二年分の仲介手数料収入について

被告人は、昭和六二年中に地域住建から得た仲介手数料収入について、国税局の調査額は一八四二万円となっているが、松戸市高塚新田池の台六二一番地他の物件について正和建設に九一万円、株式会社椿産業(以下「椿産業」という。)に一九一万円、市川市市川一丁目一〇八九番地五の物件について正和建設に一六〇万円、船橋市本町二丁目三九〇番四号の物件について正和建設に二〇〇万円をそれぞれ渡しているので、右金額合計六四二万円は被告人の所得から控除されるべきである旨主張する。被告人が右の金銭を渡したという事実は関係各証拠(被告人、川下、阿部の各検察官調書及び公判供述)により認められるとしても、被告人は、地域住建から仲介手数料を受け取ったにもかかわらず、実際には仲介をしていない右椿産業及び正和建設に依頼し架空の領収書を発行してもらい自己の所得を秘匿して申告せずに脱税し、その謝礼として右の金銭を支払ったことが認められるから、右金員は脱税経費であって、必要経費にはならない。

第五昭和六三年分不動産取引における古谷勇のダミー性

被告人は、昭和六三年分不動産取引における市川市南八幡四丁目一九三番一四号の物件(以下、「昭和六三年南八幡四丁目物件」という。)の取引に関して、古谷勇は真の売買当事者であり被告人のダミーではない旨主張し、古谷、小澤徳子ら関係者も公判廷において概ね被告人主張に沿う供述をしている。

前掲各証拠によれば、古谷は右物件の所有者の一人小澤徳子と親しい関係にあり、小澤徳子と契約の交渉をした事実は認められるが、それは被告人から依頼されて仲介的役割を果たしたに過ぎず、買主松野高一との交渉や売主地域住建に対する指示は被告人がしていること、古谷は小澤徳子経営の飲食店店長に過ぎず、本物件を購入する資力はなく、現実に物件の取得代金を負担していないこと、契約に先立ち古谷は契約書上の当事者として名義を使うことを被告人から依頼されていること、買主から支払われた売却代金の管理・処分権は実質的に被告人にあり、被告人が自由に使用している上、被告人は売買代金以外にも立退協力金の名目で一億円を受け取っていることなどの事実が認められる。

以上の事実に照らすと、右取引に関して古谷は被告人のダミーの役割を果たしたものにすぎず、右取引は実質的に被告人の取引であると認定すべきである。

第六昭和六三年分不動産取引における経費(昭和六三年南八幡四丁目物件関係)

弁護人は、昭和六三年南八幡四丁目物件の取引に関して、古谷に二億円を支払った以外に、小澤徳子に合計二億六七〇〇万円、浮谷に一億円、椿産業に三〇〇〇万円をそれぞれ支払い、また、立退協力金として被告人が受け取った一億円のうち七〇〇〇万円は株式会社マナベに立退請負料として支払い、さらに岡村龍男に六〇〇〇万円を支払ったので、これらは被告人の所得から除かれるべきである旨主張する。

しかし、右物件の取引に関して松野から受領した売買代金一五億円の使途については被告人の検察官調書(乙23、24)で詳細に述べられており、そこには上記主張額を支出したとする余地は全くない。しかも被告人は、検察官に対する供述調書(乙24)で右取引に関する費用について、古谷に支払った二億円と印紙代以外はない旨明確に供述しており、第一回公判期日の罪状認否でも争っていなかったにもかかわらず、上申書第一で右浮谷、椿産業、株式会社マナベに対する支払分を主張し、さらに上申書第三で右小澤徳子、岡村に対する支払分を主張するというように、公判が進行するにつれて次第に主張額を増加させている。そしてそのような主張の経過をたどったことについて合理的な説明はなされていない。

また、これら受領したとされる者は、捜査段階の検察官調書において受領した事実について述べていないか、あるいは小澤徳子は、被告人が支出したと主張している内装費、所得税、市民税を被告人が自己に返済した金の中から自ら支出したと述べていたにもかかわらず(甲69)、自己の公判供述において一転して被告人の主張に沿う供述をしているのであり、このように公判段階に至ってこぞって新たな事実が供述されたり、供述内容が変遷したりすることも不自然であり、右変遷したことに合理的理由がない。

右立退協力金一億円の使途についても、被告人は、検察官調書(乙24)において貸付や借金の返済にあてた旨明確に供述しており、そこには、主張のような株式会社マナベや岡村への支払が入り込む余地は全くない(なお取得した一億円から合計一億三〇〇〇万円支払ったとするが、主張自体不可解である。)。

以上検討したとおり 被告人が上記各金額を支払ったとする事実は認められないから、弁護人の主張は採用できない。

第七昭和六三年分不動産取引におけるトーエーリアルエステートのダミー性

被告人は、昭和六三年分不動産取引における市川市南八幡三丁目一九六番八、千葉市栄町三二番二、船橋市飯山満二丁目三六〇番七ほか五筆、印旛郡八街町八街字大池に一三二番六、一〇号、千葉市幕張五丁目三九四番五、六、一一号の各物件(以下、順次「南八幡三丁目物件」、「栄町物件」、「飯山満物件」、「八街物件」、「幕張物件」という。)の各取引に関して、トーエーリアルエステートはダミーではなく、被告人は取引に関与しておらず、利益を取得していない旨主張し、伊藤彪、真鍋、浮谷、高関康範、杉山恵俊、菅沼一郎ら関係者も公判廷において概ね被告人主張に沿う供述をしている。

しかし、前掲各証拠によれば、トーエーリアルエステートは伊藤が昭和六一年に設立したばかりの会社で右各物件を購入する資力はなく、現実に各物件の取得代金を負担していないこと、いずれの物件についても、売却代金の管理、使用は被告人が行い、一旦トーエーリアルエステート名義の口座に入金されたものも、被告人が伊藤に与えた分(後記仲介手数料)を除いて、その後被告人の指示で引き出され、被告人が自由に使っていること、伊藤は契約書に押印したり、一部で代金を受け取るなどしているが、それらは被告人の指示に従い言われるがままに行ったに過ぎないこと、伊藤は、南八幡三丁目、飯山満及び幕張物件については、売買交渉の過程に何ら関与せず、当該物件についての特定の謝礼金、手数料等も受け取っておらず、また、栄町物件については買主を見つけたり代金額の交渉をしたりし、八街物件については物件を見つけたり買主を見つけて代金額の交渉をしたりしているが、いずれも仲介的業務にとどまり、それぞれ三〇〇万円と五〇〇万円の手数料を受け取っているのに過ぎないことなどの事実が認められる。

また、被告人は、捜査段階の検察官調書等では右各取引においてトーエーリアルエステートが被告人のダミーの役割を果たしたことを一貫して認めており、第一回公判期日の罪状認否でも争っていなかったにもかかわらず、上申書第一以降これを否認するに至り、伊藤、浮谷、高関康範、杉山らも、トーエーリアルエステートのダミー性を認めていた捜査段階の供述を翻してこれを否認するに至っており、右供述の変遷は不可解であり、右変遷の経過について合理的な理由は見出せない上、その他右公判供述を裏付けるに足る的確な証拠に乏しく、その供述の内容にも照らせば、右各供述は到底信用できない。

以上から、トーエーリアルエステートが右各取引に関し被告人のダミーであったことは認定できるから、弁護人の主張は理由がない。

第八雑所得と分離短期譲渡所得との税区分に関する主張について

弁護人は、昭和六二年分の市川市南八幡四丁目一九三番一二の宅地(昭和六二年南八幡四丁目物件の一部)ほか四物件の取引及び昭和六三年分の栄町物件ほか四物件の取引については国税局は雑所得と認定しているものの、これは分離短期譲渡所得である旨主張するとともに、被告人は右税区分に関する知識はなく、税理士に全てを任せ、税理士から言われた金額をそのまま申告したにすぎず、仮に分離短期譲渡所得にあたるとしても右点についてはほ脱の故意がないと主張する。

関係各証拠によれば、昭和六二年分及び昭和六三年分の被告人の不動産取引は、売買差益の取得を目的として反復・継続的に行われているから一時的かつ臨時的な資産の処分とはいえないので譲渡所得には該当しない。また、被告人は宅建免許を持っておらず、不動産業の看板を掲げていない上、事務所等の施設も設けていないので、事業としての客観性を有するとは言えないから、事業所得にも該当せず、以上から、被告人の右不動産取引による所得が土地等に係る雑所得にあたることは明らかである。そして、ほ脱犯成立の要件となる故意の内容は、過少な税額を記載した申告書を税務署に提出するということの認識をもって足りると解すべきであるから、被告人の行った所得隠匿工作の事実から被告人に右のような認識があったことは明らかである以上、被告人の行為はほ脱犯の故意に欠けるものではない。

なお、被告人は、昭和三九年に不動産会社に勤務し、昭和四一年からは独立して不動産売買業を開始し、以来、継続して不動産業を営み、これと並行して金融業のほか個人で不動産取引を行ってきており、相当程度の税知識は有していると認められる上、本件当時、確定申告書の作成が税理士任せであったとしても、税理士に渡す資料については被告人が指示していたところ、被告人の大蔵事務官調書(乙57)によれば、被告人は、昭和六二年分申告書を税理士に作成してもらった際、税理士から「理由はともあれ、不動産の売買件数が増えると商売でやっているように見られるからやめておけ。」と言われており、不動産の売買件数が増えると税金上不利になるということを少なくともその時点で知ったと認められる。それにもかかわらず、被告人は、上記のとおりダミーを使い複数の物件の取引で所得を得ていることを知りながら、税理士に被告人の名が記載されている契約書等のみを渡しただけでことさらにその他のダミー取引分の契約書等を渡さないまま確定申告書を作成させ、ダミー分の取引を隠匿してそれらを計上せずに実際より取引件数を少なく申告をしたのであるから、所得区分を偽って申告することにより脱税をする認識があったものと認めることができる。

第九  弁護人は、昭和六二年南八幡四丁目物件の取引は昭和六三年分の課税対象であると主張するが、被告人のダミーの役割を果たした興亜産業から地域住建に対する右物件の売買は昭和六二年中に行われている。その後昭和六三年中には地域住建から松野高一に対して右物件が売却されているが、地域住建は実際に利益を得ており、被告人のダミーではないから、被告人の取引は右興亜産業名義を使用したダミー取引の部分を含め昭和六二年中に完了しているといえる。よって、右物件の取引が昭和六二年分の課税対象であることは明らかであるから、論旨は理由がない。

第一〇  弁護人は、市川市二俣二丁目九二七番一〇号の物件の取得代金の借入利子について、銀行借入れが遅れたために手元資金を流用したものであり、不動産所得の借入利子になると主張するとともに、仮に右借入利子が事業所得の支払利息にあたるとしても、被告人には故意がない旨主張するが、右については、代金の支払が銀行借入れに先行し、右物件の購入に充てられていない以上、不動産所得の借入利子にはならないし、貸付金に使われている以上、事業所得の支払利息と認定すべきであり(甲43、47)、かつ、ほ脱犯の故意を前述(第八)のとおり解する以上、故意があることは明らかである。

また、弁護人は、定期積立金の利子収入の申告もれについても故意がない旨主張するが、これについても前述(第八)と同様に、ほ脱犯の故意があることは明らかである。

(事業所得について)

第一  昭和六二年、六三年分の各事業所得(金融業)に関し、検察官及び被告人の主張額は別表5のとおりであり、受取利息、支払利息、貸倒損失等の額が争点である。

第二被告人等の捜査段階における供述の信用性

一  被告人は、各年度の事業所得につき、捜査段階の検察官調書等において、最終的には前記検察官主張額にほとんど合致する自白をしていたが、第二回公判以降、不動産取引関係同様、右は虚偽の自白である旨主張している。右自白の信用性は各争点に共通する問題であるので、まずこの点について概括的に検討する。

二  被告人は、公判廷において次のように供述している。

1 平成元年一〇月ころ、担当の高松査察官から、「逮捕や起訴はしない。」「六三年分(の調査)はやらない。」と言われて協力を求められ、同人から言われるままに供述するようになった。

2 そのころ、高松査察官から「貸金の交際費を認める。一〇億くらい使っただろう。書き出すように。」と言われて、一〇億円くらいの交際費を書き出したこともある。

3 同月ころ、高松査察官から七、八億円分の「水増し」を依頼され、昭和六二年分につき、田久保一真に対する貸付五五〇〇万円を三億円に、小川三郎に対する昭和六三年貸付の二億円を昭和六二年貸付に、大山三郎こと姜三鎬に対する貸付一億八五〇〇万円を四億五六〇〇万円にして、昭和六二年分貸付額を七億円余り水増しする供述をし、また、右三名に依頼して、これらに対応するように査察官に供述してもらった。

4 平成二年二月、高松査察官から、今度は、「一億八〇〇〇万がどうしても合わない。どこからか借りたことにしてくれ。」と頼まれたので、田久保茂から昭和六二年中に右額を借りたことにし、同人に依頼してその旨回答してもらった。

三  ところで、被告人の供述調書その他の関係証拠によれば、貸金関係についての被告人の供述経過として、次の事実が認められる。

1 東京国税局は、昭和六三年一二月八日、本件昭和六二年分の犯則嫌疑事件について、地域住建事務所等の捜索(強制調査)に着手した。被告人は、同月一五日以降、在宅で査察官の質問調査を受けたが、貸金関係についての平成元年六月ころまでの供述は、昭和六二年の貸付先は一六箇所、貸付額は四億七〇〇〇万円余というもので(乙43、46、47)、被告人の公判主張額に比べても半分以下にとどまっていた。

2 平成元年七月に高松査察官が本件調査を引き継いで、被告人に対し、強制調査当初に押収された「振出人額面金額等記載のメモ書」四枚(甲176)を示すなどして質問調査を行った。右メモ書は、被告人のもとで貸付事務を担当していた古谷勇が、昭和六三年九月に、その当時保管していた貸付先から元利金返済のために受領していた手形小切手の全部である額面総額一二億八八〇〇万円分を列挙したものである(以下「古谷メモ」という。)。そして、被告人は、平成元年一二月に入ると、保管していた多数の手形小切手を提出し、古谷メモは昭和六三年八月ころ被告人が指示して書かせたものであることを確認の上、同月当時の貸付額は、貸付残高合計約一二億八〇〇〇万円以上であること、そのうち田久保一真分は三億一〇三〇万円、姜三鎬分は四億五六〇〇万円、小川三郎分は九七〇〇万円であることを確認し、さらに右小川分は昭和六二年春に貸した二億円の残りであり、また、同年末の貸付残高は全部で約一五億円であった旨供述した(乙51)。

3 平成二年に入り、被告人は、古谷メモ、手形小切手の決済に関する関係銀行口座の調査結果、関係者の供述等を参照しながら、昭和六二年分貸付取引の詳細な一覧表を申述書として作成し(乙63ないし66)、同年分についての国税調査段階の最終的な供述は、貸付先四〇箇所、年末貸付残高約一九億円、受取利息約一億六八七〇万円となった。

4 平成三年一一月末以降、被告人は、昭和六二年分の所得税法違反で逮捕、勾留され、検察官の取調べを受けた。そこでは、被告人は、国税調査では田久保一真ら四名関係の貸付及び受取利息の全部又は一部を除外していたとして、田久保一真につき、新たに押収された借用証書等に基づく貸付額の増加、貸付時期の繰上げ、利率の変更により受取利息を七八八〇万円余り増加させ、川下博につき、押収されていた差入手形等に基づいて貸付金について利息を受け取っていたことに変更するなどし、受取利息を全体で約一億二六六〇万円増加変更する供述をした(乙6、10等)。

5 昭和六三年分については、被告人は、平成三年一二月一九日以降(なお昭和六二年分は同月一七日起訴)調査、取調べを受け、従前の供述を踏まえつつ、古谷メモ、古谷が昭和六三年三月から八月にかけて貸付取引の一部を記録していた手帳(甲181、以下「古谷手帳」という。)、被告人自身が作成したメモ書(甲193)、手形小切手の決済状況等を参照しながら、検察官主張額に沿う供述をしており、その内容に特に変遷はない。

四  右確定の供述経過によれば、被告人は高松査察官の段階で貸付額等を大幅に増加させているが、これは、一二億円以上の貸付残高の存在を客観的に示す古谷メモ(そこには水増しが指摘されている三名の分も含まれている。)、さらには、手形小切手の決済状況や提出された多数の手形小切手等の具体的な資料に基づいて増加させていったものであって、その過程に「水増し」という操作が入り込むような契機は見出せない。しかも、被告人は、検察官段階においてもなお、一部は新たな資料に基づいて、田久保一真、川下博、横田巧らからの受取利息をさらに相当額増加している上、検察官に、国税調査の段階おいては右三名及び中野哲夫との間で、収入を少なくして供述するように口裏合せをし、貸金関係書類も隠匿していた旨供述している(乙6、10。右四名も、口裏合せにつき、各検察官調書で同様の供述をしている。)。検察官に対する右供述及び取調べの結果からすれば、被告人が高松査察官に言われるままに供述していたとは到底考えられない。また、平成元年一〇月当時、調査の状況から見て、調査官が「逮捕や起訴はしない。」「六三年分はやらない。」などと言ったとするのは、不自然、不合理であることは前述のとおりである。なお高松査察官は、被告人に対する質問調査の経過を具体的に述べた上で、「水増し」の依頼その他被告人が主張するようなことを言ったことはなく、「水増し」等の必要もなかった旨証言しており、その内容は客観的な調査の経緯、結果とも合致し、不自然不合理な点は見当たらない。

なお、前記二4記載の高松査察官の依頼により、田久保茂から一億八〇〇〇万を借り入れた旨の全くの架空の借入金を作出したとの点は、被告人が依頼されたとする日の翌月三月二六日に右査察官より借入金についての取調べを受け、その際被告人は、被告人に対する査察が始まる前の昭和六三年一一月に当時の借入金等を自ら記載したメモ(甲193、同年一二月三日島崎育子方において押収したもの)に基づき、多数の借入金についての説明をし、その中に「田久5000」の記載は田久保茂よりの借入金であるとして、現実に田久保茂から借入金があることを当然の前提として一億八〇〇〇万円の借入について言及しているのであって(乙60)、後にこの部分は虚偽の供述であったとして訂正しているものの(乙69)、被告人は少なくとも田久保茂から相当額の借入金が現実にあったことを認識していたことは明らかであり、また、架空の借入金の作出を求めたとされる査察官が現実の借入金の存在を示すメモの説明に終始する取調べをしているのであるから、被告人の主張に沿う田久保茂の証言が存在するが、右事実に照らせば査察官の依頼により架空の借入金を作出したとの被告人の供述は信用できない。

五  前記認定の被告人の供述経過や高松査察官の証言に照らすと、同査察官から利益誘導や「水増し」依頼があり、それに従って被告人が虚偽の自白をしたという被告人の公判供述並びにこれに符合する関係者の証言は信用することができない。そして、以上確定の供述の経緯等によれば、被告人の捜査段階、とりわけ最終段階の検察官に対する自白は、十分信用するに値するということができる。また、同様の理由により、関係者の捜査段階における供述についても、特に信用性を疑わせるような事情はない。

第三受取利息について

一  被告人は、別表6のとおり検察官主張の受取利息額を争っており、当裁判所の認定額は同表記載のとおりである。以下、順次説明する。

二  田久保一真関係(昭和六二、六三年分)

1 被告人の主な主張(公判供述同旨、以下同じ)

(一) 昭和六二年分 検察官主張の同年末貸付残高三億〇五〇〇万円に対し、五五〇〇万円であり、検察官主張の貸付計一九口中、一一口合計三億円は存在しない。

(二) 昭和六三年分 検察官主張の同年末貸付残高四億九五〇〇万円に対し、二億三000万円であり、検察官主張の貸付計一八口中、一六口合計五億円(うち三億円は(一)の一一口の繰越分)は存在しない。

2 古谷メモに田久保一真裏書の手形小切手額面合計三億円余の記載があること、田久保一真裏書の手形小切手一三通額面合計四億九〇〇〇万円が被告人のもとから押収されていること等から、田久保一真に対する貸付残高は、少なくとも昭和六三年九月時点で三億〇五〇〇万円、同年一二月末時点で四億九五〇〇万円であったことは明らかである(古谷(甲16)、田久保一真(甲17)、内田芳和(甲18)及び被告人(乙6)の各検察官調書も同旨)。昭和六三年末の貸付残高を二億三〇〇〇万円とする被告人の主張は、右の客観的資料と矛盾している。

3 昭和六三年九月時点の貸付残高三億〇五〇〇万円中の三億円は、被告人及び田久保一真の右各検察官調書等によれば、昭和六二年一月から一一日の一一口の貸付の繰越分とされており、前記1(一)の一一口に該当するものである。

被告人はこれらを「水増し」と主張するようであり、証人田久保一真は、被告人から事前に電話で国税の言うとおりになってくれと頼んだので、査察官が来たときに、言われるまま実際よりも多い借入額を認めたと証言している。しかし、同証言は、理由も聞かずに承諾した、支払った利息の額は実際の額を述べた、検察官に対しては最終残高が合っていたので文句を言わなかったなどと相互に矛盾し、不自然不合理な点が多く、信用できない。また右のとおり、裏付けとなる客観的資料も存在するから、被告人の右検察官調書、上申書(乙67)のとおり、昭和六二年一月から一一月にかけての一一口、合計三億円の貸付の存在を肯定することができる。

4 昭和六三年一二月末時点の貸付残高四億九五〇〇万円のうち、一億九〇〇〇万円については、「水増し」等の具体的主張はなく、被告人(乙6、31)及び田久保一真(甲17)の各検察官調書のとおり、同年九月から一二月にかけての新たな五口の貸付二億円の残高(前記1(二)の一六口中の五口)と認められる。

5 以上のほか関係証拠を総合すれば、各年度とも、検察官主張のとおりの貸付及び受取利息が認められる。

三  大山三郎こと姜三鎬関係(昭和六二年分)

1 被告人の主張

検察官主張の昭和六二年末貸付残高四億五六〇〇万円に対し、一億八五〇〇万円であり、貸付を水増ししたものである。

2 古谷メモ、古谷の検察官調書(甲16)及び証言並びに被告人の大蔵事務官調書(乙47)及び検察官調書(乙6)によれば、古谷メモから判明する姜三鎬に対する貸付残高は、昭和六三年九月時点で四億三六〇〇万円であると認められる。被告人の主張は、昭和六三年中の貸付及び返済はないとしながら、同年末の貸付残高を一億八五〇〇万円とするもので、古谷メモの記載と矛盾している。

そして、右四億三六〇〇万円の貸付が水増しであるとする点については、被告人の公判供述以外にみるべき証拠はなく、被告人の前記調書及び申述書(乙65)により、検察官主張のとおりの貸付及び受取利息が認められる(なお、大蔵事務官作成の受取利息調査書(甲42)記載の姜三鎬に対する貸付中、二〇〇〇万円分は伊藤彪に対する貸付と認められるが、貸付時期及び利率は同じであり、被告人の受取利息額に変動はない(乙6、伊藤の検察官調書(甲28))。

四  小川三郎、有限会社三啓関係(昭和六二、六三年分)

1 被告人の主な主張

(一) 小川三郎につき、昭和六二年中には貸付及び受取利息は一切なく、昭和六三年二月二八日の二億円の貸付時期を遡らせて水増ししたものである。

(二) 小川三郎に対する右二億円は横田巧と一億円ずつ出し合って貸し付けたもので、利息も同人と折半した。

(三) 有限会社三啓(以下「三啓」という。)に対する貸付はなく、検察官主張の昭和六三年二月二八日の二億円の貸付は、右小川に対する貸付時に同社振出の手形を受け取っていたために誤って計上されたものである。

2 小川(甲26)、横田(甲23)及び被告人(乙10)の各検察官調書によれば、小川に対する貸付は、検察官主張のとおり昭和六一年から六二年までの三回、二億四〇〇〇万円、利率月五分となっており、貸付及び元利金返済の経過も右供述相互に矛盾はない。利率については、古谷メモにある小川三郎振出名義の手形六通の額面額が月五分で計算した元利合計を示しており、右供述を裏付けている。

もっとも、証人横田巧は、被告人に頼まれて、水増しの件で高松査察官を小川の事務所に連れていった旨証言している。しかし、横田はその際の具体的なやりとりについて述べず、小川はそのような記憶はない旨証言し、証拠によれば横田は被告人と口裏合わせをして小川に対する貸付を秘匿していたことが窺われるので、右横田証言は信用できない。

3 横田が一億円を出して利息の半分を取得した点、小川が三啓振出手形を差し入れた点については、被告人の公判供述及びこれに沿う横田の証言があるが、両名とも捜査段階で右主張をしなかった理由について何ら合理的な説明をせず、さらに、当時横田が被告人から多額の借金をする関係にあり、横田に一億円の貸付資金があったとは到底考えられないので、右各供述は信用し難い。また三啓への貸付は、古谷手帳に「5/31 ¥4,027,000 小切手 5/31 市信三啓 100,000,000のジヤンプ利息」と三啓が借主であることを窺わせる記載があり(現に右四〇二万七〇〇〇円の同社振出小切手が決済されている。大蔵事務官作成の検査てん末書(甲123))、被告人の検察官調書(乙30)は、右小切手等を踏まえて、同社に対する昭和六三年二月二八日の二億円の貸付とその返済経過を具体的に説明しており、信用性が高い。

4 以上のほか関係証拠によれば、小川三郎、三啓のいずれについても、検察官主張のとおりの貸付及び受取利息が認められる。

五  山木工業株式会社(昭和六二年分)

1 被告人の主な主張

(一) 被告人の受取利息は月五分で、それを上回る利息は、貸付を担当した中野哲夫が取得していた(検察官主張は月五ないし八分)。

(二) 検察官主張の貸付には中野哲夫が独自に貸し付けていたものが含まれている。

2 証人中野哲夫は、山木工業株式会社(以下「山木工業」という。)からは月五分の利息を徴収して、被告人に月三分を渡し、残りを取得した旨証言しているが、被告人の公判供述では被告人の取得は月五分であり、双方の利率は合致しない。中野は、その他の貸付でも同じ割合で利息を取得したとも証言しているが、右供述は既に国税調査の段階で述べていたところ、検察官調書(甲12)において、右供述は虚偽であると述べている。山木工業に関する被告人及び中野の公判供述は信用できない。

また、中野証言によっても、同人が山木工業の関係で独自に貸付を行っていたことは窺われない。なお、中野の右検察官調書の貸付額が検察官主張額を下回っているのは、記憶が曖昧になったことによると認められる。

そして、山木工業からの取引照会回答書に基づく被告人の申述書(乙65)及び大蔵事務官作成の受取利息調査書(甲42)に従い、検察官主張の貸付及び受取利息を認めることができる。

六  川下博関係(昭和六二、六三年分)

1 被告人の主張

昭和六二年に、川下博が代表者をしている株式会社新清和が砂利採取事業を始めたので、これに対する出資として川下に一億円を渡したことはあるが、検察官主張の約一億円の貸付はなく受取利息もない。

2 古谷メモ、株式会社新清和振出手形の決済状況等から、川下に交付された金員について、元利金支払としての手形が徴収・決済されていたことは明らかである。被告人の公判供述では、中野及び古谷の手前、貸金の形をとり、川下に決済資金を渡して手形を落とさせていたとするが、被告人は自ら自由に多額の資金を動かしていたのに、この件に限って、わざわざ中野らに対して貸金を装ったというのはいかにも不自然である(しかも、被告人は、川下からの利息受領を否定していた国税調査の初期から、貸金であること自体は認めていたものである。)。証人川下博も、出資を受けた旨証言しているが、出資の具体的内容、借入との違いの説明に窺している。

一方、被告人(乙10)及び川下(甲19、81)の各検察官調書では、貸付取引としての経過が、相互に矛盾なく、具体的かつ詳細に説明されており、出資である旨の被告人の主張は採用できない。

3 そして、右各検察官調書その他の関係証拠によれば、昭和六二年分の受取利息は、検察官主張額のとおり一四三〇万円と認められる。

しかし、昭和六三年分の受取利息は、検察官主張額は二五六〇万円であるが(大蔵事務官作成の受取利息調査書、甲91)、右各検察官調書及び古谷メモによれば、川下が差し入れた手形で同年中に決済されたものは、

ア 元金一億円に対する月二分、二〇〇万円の手形九通に関するもので、合計一八〇〇万円

イ 元金一〇〇〇万円に対する月四分、一〇回払の手形一〇通のうち最初の三通に関するもので、その利息分は順次三六万円、三二万円、二八万円で、合計九六万円

だけであり、元金一億円の三か月分の延期利息の手形六〇〇万円と、イの四通目の手形一二四万円は同年一二月未満期であったが、決済されなかった(対応する手形が川下から提出されている(甲179))と認められる。したがって、同年中の受取利息は、ア、イの合計一八九六万円である。

七  株式会社大建ハウジング関係(昭和六二、六三年分)

被告人は、横田巧に貸付金の管理を任せていたので、同人と利息を折半した旨主張し、証人横田巧の証言も同旨である。しかし、関係証拠によれば、横田が全面的に同社関係の貸金の管理をしていたこと自体に疑問がある上、単に貸金を管理しただけの横田が二年間で三三〇〇万円ものの手当をもらったというのは極めて不自然である。

被告人の公判供述及び横田の証言は信用することができず、検察官主張の受取利息が認められる。

八  株式会社渥美興業、興真商会関係(昭和六二年分)

被告人は、大蔵事務官作成の検査てん末書(甲123、124。被告人が貸付元利金の取立てに利用していた銀行口座への手形小切手の入金決済状況を示す。以下、単に「手形の決済状況」という場合は、これらに基づくものである。)の記載に基づいて、返済時期あるいは貸付額が異なると主張するが、右決済状況からは、むしろ被告人の主張以上の受取利息が認められる。いずれも、中野の検察官調書(甲12、添付の中野作成申述書)、被告人の申述書(乙65)により、検察官主張の受取利息が認められる。

九  家蔵、アサヒ造園土木株式会社、太田関係(本項以下は、いずれも昭和六三年分)

1 被告人の主張

これらに対する貸付はない。総武木材に貸し付けた際に家蔵振出名義の手形小切手が持ち込まれたこと、土屋正和に貸し付けた際にアサヒ造園土木株式会社(以下「アサヒ造園土木」という。)名義の手形小切手が持ち込まれたこと、そして、太田がサン開発株式会社の社長であることから、いずれも誤って計上されたものである。

2 家蔵について

検察官主張の貸付及び受取利息は、家蔵については家蔵振出名義の手形の決済状況により、総武木材については借用証書(甲188)及び古谷手帳により、それぞれ確認することができ、これによれば、両者に対する貸付分の貸付及び利息受領の時期が異なっている上、古谷は家蔵に対する貸付があったことを認める証言をしている。なお、家蔵の代表者である新井順二は、家蔵が被告人から貸付を受けたことはなく、下請の総武木材に手形小切手を振り出したことがある旨証言しているが、仮にそうだとしても、それぞれの貸付に重複はないので、受取利息額に変動はない。

3 アサヒ造園土木について

検察官主張の貸付及び受取利息は、アサヒ造園土木については古谷メモの同社振出手形の記載及び同社振出名義手形の決済状況により、土屋については古谷手帳により、それぞれ確認することができる。そして、右両者に対する貸付分の貸付及び利息受領の時期も異なっている上、古谷は同社に対する貸付があった旨証言し、土屋の証言によっても、前記各手形を同人が持ち込んだことは窺われない。

よって、検察官主張の受取利息が認められる。

4 太田について

被告人の申述書(乙82)、検察官調書(乙30)及び被告人記載のメモ書(甲192)によれば、太田関係で検察官主張どおりの貸付及び受取利息が認められ、検察官主張のサン開発株式会社の貸付との重複はない。

一〇  春日電設関係

被告人の申述書(乙84)、手形の決済状況によれば、検察官主張のとおり、昭和六三年四月三〇日に三〇〇万円を貸し付け、同年五月末、六月末、八月一日に各一〇〇万円が返済されたことが認められる。そして、利息については、右申述書等で、貸付時に月五分、三か月分四五万円を受領したとされている。検察官の主張はこれによっている。しかし、関係証拠によれば、被告人は、貸付時には一か月分の利息を天引きまたは受領し、以後毎月、残元金に対する利息を徴収するのが通常であったと認められるから、右貸付の利息は、貸付時に一五万円を天引きし、以後五月末一〇万円、六月末五万円を受領した可能性が強い。

したがって、受取利息については、被告人主張のとおり、右の合計三〇万円の限度で認定する。

一一  野口土木株式会社、野口、株式会社ジョリエス、美研関係

被告人は、これらに対する貸付はなく、いずれも、田久保一真に貸し付けた際にこれらを振出名義人とする手形小切手が持ち込まれたことから、誤って計上されたものであると主張する。しかし、野口土木株式会社については中野の証言により、野口については古谷手帳の記載により、株式会社ジョリエスについては、地域住建の総勘定元帳(甲199)及び古谷手帳の記載により、いずれも、これらを相手方とする検察官主張の貸付を認めることができる。そして、これらは前記二において田久保一真分として認定した貸付と重複するものは存しない。

一二  横田巧関係

被告人は、検察官主張の貸付中の二〇〇〇万円につき、古谷手帳の記載を援用して昭和六三年中に返済された旨主張するが、被告人は検察官調書(乙10)で平成三年五月に完済された旨明言している。なお、昭和六三年中の争いのない利息額(三八〇万円)と、古谷手帳に記載された利息額(四三五万円、前者と重複しない)だけでも、検察官主張の受取利息額は十分に認められる。

一三  上東一吉関係

被告人は、トーシン(代表者佐藤信之)が上東に貸し付けた際に、佐藤の依頼で名義を貸し付けただけであると主張するが、被告人の公判供述自体極めて曖昧で、他に何らの証拠もない。そして、被告人の申述書(乙84)、被告人と上東間の貸借契約が明記されている貸付金確認書(甲190)により、検察官主張の貸付及び受取利息が認められる。

一四  明治建設株式会社関係

検察官の主張は、昭和六二年三月一五日貸付の二〇〇〇万円が昭和六三年中も返済されず、一二か月分の利息を受領したとするもので、被告人の主張は、右貸付は同年一月一五日に返済され、同年四月一六日に新たに同額を貸し付けて、同年一〇月の貸倒まで六か月分の利息を受領したに過ぎないとするものである。

被告人の申述書(乙84)及び中野の検察官調書(甲73、添付の中野作成申述書)は検察官主張と同内容であるところ、古谷メモ、古谷手帳及びサン開発株式会社振出名義の約束手形写(甲183)によれば、明治建設株式会社に対する貸付金二〇〇〇万円の支払手形として右手形が交付され、一か月ごとに書換えとなったことが認められ、右約束手形写の満期は昭和六三年五月一五日以降毎月一五日となっており、この日付は、当初の昭和六二年三月の貸付が一五日であったことと符合し、これを裏付けている。これに対して被告人の主張によれば、同じ金額を同じ一五日ころに再び貸し付けたというもので、偶然の一致に過ぎ、やや不自然であり、返済時期や新たな貸付についての被告人の公判供述も具体的な根拠を示していない。貸倒に関しても、中野哲夫の証言、右手形の最終満期が平成二年一月一五日であることからすると、明治建設株式会社が事実上倒産したのは平成二年以降であるとするのが自然である。

以上のとおり被告人の主張は根拠が乏しく、検察官主張の受取利息が認められる。

一五  寿工業関係

被告人は、寿工業に対する貸付はなく、有限会社善寿工業に対する貸付中の一口と重複している旨主張する。

しかし、中野は、検察官調書(甲73、添付の申述書)において、有限会社善寿工業に対する貸付を同社振出の手形(甲127)に基づいて説明するとともに、寿工業からも検察官主張の受取利息があったことを認めており、証言でも寿工業に対して貸付があった旨述べている。また、被告人の公判供述その他の証拠によっても、寿工業と有限会社善寿工業との重複計上の契機となる事情は何ら窺われない。

したがって、寿工業関係についても別途貸付があったと認められ、検察官主張の受取利息が認められる。

一六  貸付先不明分関係

1 検察官主張の貸付先不明分とは、被告人の貸金を管理していた古谷勇が中野哲夫を通じて貸付をした場合で、古谷手帳に、貸付額及び受取利息額の記載があるものの、相手方としては「中野氏へ」としか記載していない分のうち、最後まで貸付先が判明しなかったもの四三口をいうのである。被告人は、右四三口の存在を否定するが、古谷手帳によれば、これらの貸付及び受取利息の存在自体は明らかである。さらに、被告人は、このうち、以下の一四口が貸付先判明分と重複している旨主張するが、いずれについても重複は認められない。

2 田久保一真分の重複(一〇口)

前記二認定の田久保一真分の貸付と被告人が重複を主張する貸付先不明分との間に、貸付額及び貸付時期が合致するものはないから、両者間に重複計上はない。

3 有賀智晴分との重複(一口)

被告人が重複を主張する有賀智晴分と貸付先不明分とは、それぞれ別に古谷手帳に対応する記載があるので、これらの貸付が各別に存在したことは明らかであって、両者間に重複はない。

4 ハナデン分との重複(一口)

ハナデン分と被告人が重複を主張する貸付先不明分(検察官は貸付日が昭和六三年五月八日として重複していないことの根拠とするが、古谷手帳の該当記載によれば貸付日は同月九日である。)とは、貸付日及び貸付額が共通しているものの、利息額が異なっている上、古谷は、ハナデンに貸付があった旨証言し、また検察官調書(甲74、添付の古谷作成申述書)においても各種資料により記憶を喚起した結果としてハナデンに対する貸付を認めていることに照らすと、重複はないと認められる。

5 新五光総業分との重複(二口)

新五光総業分の貸付についての中野の検察官調書(甲73)、新五光総業振出名義の手形の決済状況や振出日の記載などからすると、貸付日及び受取利息が異なるか、利率したがって受取利息が異なっており、いずれについても、重複は認められない。

一七  以上のとおりであるから、受取利息については、別表6のとおり、昭和六二年分は検察官主張額全額が、昭和六三年分については、検察官主張額から、川下博関係六六四万円及び春日電設関係一五万円の合計六七九万円を減額した分が、いずれも認定することができる。

第四支払利息について

一  被告人は、別表7のとおり、田久保茂分(昭和六二、六三年)が架空計上であるからこの分については支払利息がなかったとするほか、検察官計上分以外の支払利息が存在すると主張するが、いずれの主張も採用できない。

二  田久保茂分について

被告人は、昭和六二年分の貸付の「水増し」に関連して田久保茂からの借入を架空計上した旨主張、供述するが、前記第二において判断したとおり、右供述は信用できない。

三  増加分の主張について

1 個別の検討に先立ち、まず次の点を指摘しなければならない。

被告人は、支払利息についても国税調査の段階から繰り返し質問を受け、若干の変遷があったものの、最終的に検察官調書(乙10、31)において、各年度とも、支払利息は検察官主張額のとおりであり、それ以外にはない旨供述している。これらの供述は、その内容、経緯から、信用性があるものである。他方、被告人の公判供述は、増加主張分の存在を概括的に述べるだけで、具体的な借入及び利息支払の経過は明らかにしていない。

2 小澤徳子関係

小澤徳子(甲69、添付の小澤徳子作成申述書を含む。)及び同人に対する利息の支払を担当した古谷(甲74)の各検察官調書によれば、各年度における小澤徳子からの全借入は、検察官主張のとおり、昭和六一年から六三年一月までの一〇〇〇万円、昭和六三年四月から七月までの一億円、同年九月から一二月末までの一億円である。なお、証人小澤徳子は、一億円が途中で返済されたことはなかった旨証言しているが、捜査段階で具体的に述べながらこれが虚偽であったとする理由について合理的な説明をしていない。また、被告人が主張する他の二口の借入についても具体的な証拠は存在せず、右各検察官調書の信用性を否定すべき事情は窺われない。検察官の計上額を越える支払利息はなかったと認められる。

3 土井象一関係

検察官の計上額(昭和六二年分のみ、借入二口)は土井象一の東京国税局に対する平成元年一二月三一日付取引内容照会回答書に基づくものである(大蔵事務官作成の支払利息調査書(甲62))。ところが、証人土井象一は、それ以外にも、被告人の主張にほぼ対応する三口(一〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円)の貸付があったと証言している。しかし、同証人は、前記回答書に右三口の貸付を記載しなかった理由について、何ら合理的な説明をしておらず、その証言は信用できない。他に具体的な証拠は存在せず、検察官主張額を越える支払利息はなかったと認められる。

4 川下博関係

被告人は、川下博から昭和六一年に一億五〇〇〇万円を月利一・五分で借り入れ、各年度ともその利息を支払っていた旨主張、供述し、証人川下博もこれに沿う証言をしている。しかし、川下証言は一億五〇〇〇万円もの多額の貸付金の貸付時期、貸付原資につき極めて曖昧であること、川下は昭和六〇年に経営していた会社が倒産し、翌年以降、被告人から多額の借金をしていたこと、被告人も川下も捜査段階では本件貸借について触れていないこと等に照らし、被告人の公判供述及び川下証言は到底信用できず、前記借入はなかったものと認められる。

5 小澤百合子関係

被告人は、借入時期が昭和六二年中であると主張するが、小澤徳子及び古谷の前記各検察官調書等により、検察官計上のとおり、昭和六三年五月と認められる。

6 杉山恵俊、高関康範、浮谷範義関係

被告人は、昭和六三年に右三名から各一〇〇〇万円ないし五五〇〇万円を借り入れて、月一分から一・五分の利息を支払っていた旨主張、供述し、証人杉山恵俊及び同高関康範もこれに沿う証言をしている。しかし、被告人及び右両名はいずれも捜査段階で無利息であった旨供述しており(乙60、68、甲83、甲84)、利息の授受を示す客観的な証拠も存在しない。右両名及び浮谷が被告人の直属の部下として働いていた者であることも考慮すると、捜査段階の各供述のとおり、無利息であったと認めることができる。

第五支払手数料について

検察官は、昭和六二年分の支払手数料として、被告人の貸付事務を担当していた中野哲夫に対する年間一〇〇〇万円の支払を計上し、被告人及び中野の各検察官調書(乙10、甲12)にはこれと同趣旨の供述がある。公判において被告人は、これを三〇〇〇万円であると主張、供述し、中野もこれに沿う証言をしている。しかし、被告人と中野は、右各検察官調書で、国税調査段階の三〇〇〇万円という供述を訂正し、右供述が口裏合わせによる虚偽の供述であったことをはっきりと認めている。また、当時中野は、被告人が実質的な経営者であった地域住建から月五〇万円の給料を受け取っていたが、中野は右証言において、それ以外に、被告人から前記手数料のほか、多額の自動車購入資金、自宅建築資金をもらい、担当した貸付では月二分の上乗せ利息を取得していたなどとも供述しており、その額はあまりに過大であり、非常識で、不自然である。

したがって、被告人の公判供述及び中野の証言は信用することができず、検察官計上のとおり支払手数料は一〇〇〇万円であると認める。

第六貸倒損失について

一  被告人は、各年度につき、検察官計上分以外にも後記二、三の貸倒損失が存在すると主張している。しかし、被告人は、捜査段階で貸倒について繰り返し質問を受けた上、最終的に検察官調書(乙10、30)において、各年度の検察官計上分の貸倒を説明し、それ以外には貸倒はない旨述べており、中野(甲12、13、73)及び古谷(甲16)の各検察官調書もこれに沿う内容であって、被告人の右検察官調書の信用性は高い。

二  昭和六二年分について

1 三栄開発株式会社に対する四〇〇〇万円の貸金関係

被告人の公判供述、証人中野哲夫及び三栄開発株式会社の取締役である証人小松四郎の各証言によると、同社は昭和六〇年前後に事実上倒産し、社長が行方不明となったというのである。しかし、同社は昭和六二年一〇、一一月ころ四五〇〇万円を返済しており、それが任意整理等による返済であったことを示す証拠はない。また、捜査段階では、被告人(大蔵事務官調書(乙80))及び中野(検察官調書(甲12、添付の申述書))は、昭和六三年末以降も右小松に請求中であるとも述べており、右貸金につき昭和六二年、六三年度中の貸倒損失は認められない。

2 正和建設株式会社に対する二四一〇万円の貸金関係

被告人の公判供述及び正和建設の代表者である証人阿部勝の証言によると、同社は昭和六一、二年に事実上倒産したというのであり、また、阿部は、昭和六二年春ころ、被告人から右債務の免除を受けたとも証言している。しかし、阿部から押収したノート(甲196)の記載、被告人の大蔵事務官調書(乙80)その他関係証拠によれば、昭和六二年末の時点では、両名とも二四一〇万円の残債務が存在すると確認していたこと、当時阿部は、当社が被告人の不動産取引のダミーになったことで、被告人から多額の報酬を得ていたこと、被告人は、昭和六三年一月になって、ダミーになってもらったことを理由に右債務を免除したことが認められる。したがって、昭和六二年春ころ債務免除を受けた旨の前記阿部証言は信用できず、また、昭和六二年中に、右貸金が貸倒になったとはいえない。

三  昭和六三年分について

被告人は、貸付先一一箇所に対する貸金合計六七四〇万円の貸倒を主張するが、その具体的な証拠はなく、前記一の被告人らの検察官調書によれば、これらの貸倒損失を認めることはできない。

第七まとめ

以上説示したところによれば、昭和六二年分の事業所得は、検察官主張額のとおり一億八二四二万三四三四円であり、昭和六三年分は、受取利息六七九万円の減額に伴い、二億五四七五万六三一一円となる。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項(罰金の寡額は刑法六条、一〇条により軽い行為時法である平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条による。)に該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、なお情状により所得税法二三八条二項を適用して各罪についての罰金を免れた所得税の額に相当する金額以下とすることとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪の罰金を合算し、その刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役三年及び罰金三億円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

被告人は、昭和六二年、六三年の二か年分に渡って合計一三億円余りもの巨額の所得税をほ脱したものであり、ほ脱率は昭和六二年分が九七パーセント、昭和六三年分が九八パーセントをそれぞれ越える高率なものである。ほ脱の手段も、資力の乏しい会社や個人をダミーとして名目上不動産取引に介在させたり、仲介手数料を受け取る際に第三者に架空の領収書を発行させその者が受領したように仮装するなどして所得を隠匿し、あるいは右のような所得隠匿工作によって作ったいわゆる裏金などを資金として多数の者に貸付をしながらこれによって得た利息収入を全く申告しないなどしたものであって、その方法は巧妙であり、本件各犯行はいずれも計画的である。また、被告人は、昭和六二年分について査察調査を受けているさ中にも昭和六三年分について所得隠匿工作を続けていたものであって、犯行態度は甚だ大胆である。また、ほ脱した所得は被告人が自由に使用し、そのうち相当な額が被告人ら関係者の遊興費として費消されるなどしており、犯情悪質である。

加えて、被告人は、前記のとおり公判廷において供述を変転させて種々の不合理な弁解をしており、その供述態度からは、本件に対する真撃な反省の態度は末だ十分には窺われない。

以上の事実を考慮すると、被告人の刑事責任は重いというべきである。

一方、被告人は現在までに修正申告をした上で右二か年分の本税等のうち合計二億七九〇〇万円余を納付していること、被告人には道路交通法違反による懲役前科(執行猶予付き)と賭博罪による罰金前科があるものの脱税事犯で処罰されるのは今回が初めてであることなど、被告人にとって酌むべき事情も認められるので、これらの事情を総合考慮した上、被告人を主文に掲げた刑に処するのが相当と判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北島佐一郎 裁判官 半田靖史 裁判官 岡田健彦)

別表1 修正損益計算書

自 昭和62年1月1日

至 昭和62年12月31日

〈省略〉

別表2 修正損益計算書

自 昭和63年1月1日

至 昭和63年12月31日

〈省略〉

別表3 脱税額計算書

自 昭和62年1月1日

至 昭和62年12月31日

〈省略〉

税額の計算

〈省略〉

注1 17~20の金額算出の際千円未満切捨(国税通則法第118条第1項)

注2 28の金額算出の際百円未満切捨(国税通則法第119条第1項)

別表4 脱税額計算書

自 昭和63年1月1日

至 昭和63年12月31日

〈省略〉

税額の計算

〈省略〉

注1 16~18の金額算出の際千円未満切捨(国税通則法第118条第1項)

注2 24の金額算出の際百円未満切捨(国税通則法第119条第1項)

別表5 事業所得

昭和62年

〈省略〉

昭和63年

〈省略〉

別表6 受取利息額

昭和62年

〈省略〉

昭和63年

〈省略〉

(注)貸付先不明金をさす。

別表7 支払利息額

【昭和62年】 【昭和63年】

〈省略〉

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